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日本史

黄金の国ジパングと潜在資源国ニッポン

投稿日:2018年5月5日 更新日:

 

誰もが聞いたことのあるフレーズ、黄金の国ジパング。

 

今の日本を見ても、経済大国ではあるものの「黄金」のイメージはありません。

しかし実際に黄金の国といわれるだけの根拠が日本にはありました。

 

名前負けしない「黄金の国」

 

このフレーズは13世紀のヴェネチア商人マルコ・ポーロの旅行記「東方見聞録(世界の記述)」に出てくるもの。

 

なので「日本/金」で真っ先に思い浮かべる金閣寺(1398年頃完成※)はまだ存在していません。

※現在の金閣寺は1950年の放火事件で焼失したのち再建されたもの

 

東方見聞録における記述の内容は

 

『ジパングはカタイ(チャイナのこと)の1500マイル東方の海上に浮かぶ国で、莫大な金を産出。宮殿も民家も黄金でできており財宝にあふれている。

ジパングの人たちは偶像崇拝者で外見が良く、礼儀正しいが人食いの習慣がある』

 

となっていますが、マルコポーロは日本を訪れていません。

 

ジパングはもちろんJapanの語源で、南方中国語読み「ジーベングオ(日本国)」がなまったもの。

 

「民家も黄金」などは尾ひれつき噂話、人食いに関しては日本よりもチャイナの歴史によく出てくるのでその影響かと思われます。

 

実際マルコポーロは『百万のマルコ』とあだ名されるほど、大げさに誇張する(何にでも「百万」をつける)ことで有名でした。

 

では「莫大な金を産出」も単なるヨタ話かと思いきや、これは事実。

かつての日本は世界最大級の資源大国でした。

 

 

金・金・金

 

武士として初めて太政大臣に任ぜられた平清盛(1118~1181)。

彼がチャイナの宋王朝から輸入した「宋銭」によってはじめて貨幣経済が一般化し始めるのですが、ボランティアではなく取引なので当然何かを輸出しなければなりません。

 

日本刀などの工芸品も輸出していますが、大量に輸出したのは

大陸では金はあまり産出しなかったらしく、当時の東アジア共通通貨・銅でできた宋銭を入れるにはとても好都合でした。

 

貨幣経済が一般化するほど大量の銅銭に見合うほどの金が日本でとれたというと意外かもしれませんが、金に限らずこの国は当時世界最大級の鉱物資源国。

 

金だけではなく銅や銀、銀に至っては戦国時代後期~江戸時代前期にかけて世界の産出量の3分の1を日本が占めていたと言われています。

 

その大半を産出したとされる島根県の石見銀山(世界遺産)

これだけ温泉が湧く火山国なので当然といえば当然ですが、あまりこのようなイメージは持っていなかったのではないでしょうか?

 

 

「日本の面積」

 

話は変わりますが、日本の領海・EEZ(排他的経済水域)を足した面積は世界第何位でしょう。

 

参考までにいうと日本の領土は第61位です。

 

さて答えは…

 

 

 

 

 

 

 

世界第6位です。

 

フル活用が政治的に可能かどうかはともかく、これだけのポテンシャルを持っている。

 

さきほど述べたようにこの国は火山地帯なので、地熱資源国としても有望とされています。

http://diamond.jp/articles/-/103040

 

日本に対するイメージが少し変わったのではないでしょうか?

 

「資源がない国」と学校で教わり漠然とそういう印象を抱いていましたが、漠然とした印象は調べてみると事実と違うことも多いです。

 

僕も含め人間はどうしても確証バイアス(自分の価値観・先入観に合致するものだけを見ようとする)を持ってしまいます。

 

それを自覚していなければ、先入観の存在にすら気付けない。

また先入観に気付いていない自分を前提とすることが出来る。

 

「日本=資源国ではないイメージが一般的」という設定で話を進めましたが、これも僕の先入観かも知れません。

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

現在はポーカーからゲーム理論に入り、いわゆる理数系ジャンルも少しずつ勉強中。

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