No Thinking No Human No Action No Life

歴史がわからなければ今がわからない。今がわからなければ未来がわからない

日本史

熱田神宮の歴史と武士

投稿日:2018年4月21日 更新日:

愛知県名古屋市にある熱田神宮に参拝してきました。蓬莱軒のひつまぶしは食べてません。

日本史好きの方であれば、熱田神宮といえば1560年桶狭間の戦いの前に織田信長が参拝したエピソードを思い浮かべるかと思います。

 

しかしこの神社は、信長の件に限らず武士にゆかりの深い地。

それを知るためにまず1900年前とされる創建まで時代をさかのぼります。

 

伝説時代

 

読みやすさを優先し、ここでは尊称の「~ミコト」は省略します。

 

神様がいくらか登場しますが、一度しか出てこない名前は忘れてもらって大丈夫です。

 

第12代景行天皇のご子息日本武尊(ヤマトタケル)は、東国平定の命を受け伊勢神宮に参拝し、倭姫命(ヤマトヒメ)から三種の神器のひとつ天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)を授かる。

 

三種の神器は、天皇の祖先とされる瓊瓊杵尊(ニニギ)という神様が天上界から地上に下ってくる時に携えた鏡・玉・剣で、この剣がアメノムラクモ。

 

ちなみに「天下り」なる言葉はこの神様の降臨話が由来です。

下る存在が尊崇を受けているかは知りません。

 

さてヤマトタケルは尾張国(愛知県西部)に立ち寄ったのち東国平定に向かう。

 

野で賊に火で囲まれたものの、アメノムラクモで周囲の草をなぎ払い撃退したことからこの剣は別名草薙剣(くさなぎのつるぎ)ともいいます。

有名人にもいる「草なぎ」の苗字はこの剣やヤマトタケル由来のものが多いようです。

 

再度ちなみにですが、ヤマトタケルが征伐を終え亡くなった妻(オトタチバナヒメ)を思い「あづまはや(我が妻よ)」と叫んだことから東という漢字は「あずま」と読む。

※take2の東MAXの本名は飛田さんです。

 

東国平定を遂げ尾張国に帰還、宮簀媛(ミヤズヒメ)をめとります。

 

ヤマトタケルは天皇から、今の滋賀県と岐阜県にまたがる伊吹山の賊を平定するよう再び命じられ、草薙剣をミヤズヒメのもとに留めおかれ出発。

 

しかし伊吹山中で病に倒れ、伊勢国で亡くなる。

 

託されていた草薙剣をミヤズヒメが熱田の地に祀(まつ)ったのが熱田神宮の始まりで、西暦113年のこととされています。

 

成り立ちからして武勇の人・ヤマトタケルが深く関わり、神剣・草薙剣を祀っている宮でもあるため武士の尊崇を集めるようになりました。

 

K-1の武尊(たける)選手の名前もこのヤマトタケルにちなんでいます。

 

サムライジャパン

 

12世紀後半、初めての武家政権が誕生します。

1185年「いいはこ」つくろう鎌倉幕府。

つくったのは武家政権の始祖として大きな影響を後世に与えた人物、源頼朝。

 

彼の母親は熱田神宮の大宮司(だいぐうじ。神社における神職の長)の娘で、頼朝自身熱田神宮を強く崇敬していました。

 

同じく幕府を開いた足利尊氏も熱田神宮に戦勝祈願を依頼しています。

 

そして桶狭間の織田信長。桶狭間の戦いには大宮司の千秋季忠(せんしゅうすえただ)が参戦、討ち死に。

 

その礼として信長が寄進した信長塀なる塀が、今も境内に残っています。

信長も彼の後を継いだ豊臣秀吉・徳川家康も、戦国期で荒廃した社殿を見て造営を命じました。

とくに信長は荒廃に心を痛めており、熱田神宮の基盤はこの三英傑により確立したと神宮側は説明しています。

 

 

信長と神と仏

 

日本仏教の「メッカ」、比叡山を焼き討ちした織田信長がそういうことをするのは意外かもしれません。

 

2013年に話題になった伊勢の神宮の式年遷宮。

これは20年に一度すべての社殿・鳥居・橋・神宝を造り換える行事で、莫大な費用がかかります。

 

朝廷の力が衰えこの費用・労力を捻出出来なくなってしまい、1462年以降120年間行われていませんでした。

 

これを寄付金により復活させたのが織田信長。

 

織田一族の出自が織田荘にある劔(つるぎ)神社の神官ともいわれているため、仏教より神道に思い入れがあったとも考えられます。

 

熱田神宮は神剣を祀る武士の聖地。そんなことから勝負運のご利益があるとされています。

 

僕が参拝した時も、何か勝負事を控えているのかスーツを着た男性が1分以上本宮で祈っていました。

参拝する方にはご武運お祈り申し上げます。

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

 コンセプト

 

今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

検索

検索

-日本史
-, , , ,


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

「黄金の国ジパング」の根拠 今も昔も潜在資源国のニッポン

  誰もが聞いたことのあるフレーズ、黄金の国ジパング。   今の日本を見ても、経済大国ではあるものの「黄金」のイメージはありません。 しかし実際に黄金の国といわれるだけの根拠が日本 …

運営者

 

運営者:YT
平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

2019年5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

旅日記↓

https://note.mu/tyamadasan

現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com