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中華人民共和国

北京にて あの事件の現場・天安門広場を「観光」

投稿日:2019年9月4日 更新日:

 

ユーラシア大陸北周り旅で北京の天安門広場を訪れた時の話。

 

旅日記全編はこちら↓

https://note.mu/tyamadasan

 

モンゴル語が語源の胡同

 

早朝5:00過ぎにスケベな個室を脱出したはいいものの、朝早すぎて見たい所はどこもやっていない。

 

旅日記note:はじめての中国 東北三省・「内モンゴル」からモンゴル国へ抜けるまで 中国(人)にあって日本(人)にないもの

 

腹が減っていたので、朝でも開いてるスーパー?ででかいパンを買う。睡眠時間20分の状態では座ると寝ちゃうので食べながらゆっくり散策する。

 

すると「胡同」の表記を発見。

 

 

1644年 清朝は都を瀋陽から北京に移すと、それまで住んでいた漢人を外城に追い出し、紫禁城をとりまく内城に満洲人を住まわせた。

 

これを「胡同(フートン)」といい、語源はモンゴル語で路地を意味する「グドゥム」。

 

1949年、中華人民共和国が建国されるまで長いあいだ家主は満洲人だったが、毛沢東が家主からむりやり取り上げたり安く借り上げたりし、漢人家族を多く住まわせた。

 

スラム化して北京オリンピックの時多く取り壊されたものの、中庭や塀などの規格自体は清朝時代と同じです。

 

 

 

 

確かに「路地」。

人の家が思いっきり写ってしまうため入り込んだ所の写真は残念ながら撮っていません。

 

 

心労×不眠で雑になる北京めぐり

 

中華人民共和国の首都、北京。

 

行列への割り込みやしつこい客引き。

プロパガンダや密告奨励の広告。

インターネットがまともに使えない。

公共のトイレが不潔。

 

など様々な理由により心労がたまって来ており、それに前の晩の睡眠時間20分という悪条件が重なったことで

 

1日身体を休めて改めてゆっくりまわるより、一刻も早くこの国を脱出したい欲求にかられ始める。

 

ここから

 

「北京は首都だしもう一度来れば良い(ただし次は中国人の友人と)。」

 

が所与の前提となる。

 

 

天安門事件と現在の香港

 

紫禁城の正面に位置する天安門広場。

あの事件があった場所なので、屋外であるにも拘わらず 入場する人間は全員が荷物検査装置のチェックを経る。

 

あの事件とは、ご存知1989年6月4日に起こったいわゆる「天安門事件」のこと。

 

民主化支持者であった胡耀邦元総書記の死(4月15日)をきっかけとして、彼の葬儀までに、政治改革を求める学生を中心に数万人といわれる人々が天安門広場に集まった。

 

 

5月19日 中共は北京市に戒厳令をしき軍隊を投入。しかし学生たちはデモを継続する。

 

 

↑5月20日 兵士に支持を訴える学生

 

しかし必死の説得も通じず。

 

6月4日午前1時30分 人民抑圧軍…じゃなくて人民解放軍は戦車と兵士による武力弾圧に踏み切る。

 

「武力弾圧」とは、銃火器が火を噴くだけでなく戦車で人間をひき潰すこともしています。

ショッキングなのでここには載せませんが、検索すれば写真が何点も見つけられます。

 

現在香港でさかんにデモが行われており、日を追うごとにその内容が激しくなっている。

 

人民解放軍は『いつでも出動できる』と宣言し、中国国営放送局のCCTVはブラフの意味合いもあるだろうが、この記事↓にあるような映像を流す。

 

外部リンク:中国、香港駐屯部隊を交代 装甲車などでデモけん制か 

 

人を殺したことがない人間が『殺すぞ』と言っても脅しにはならない。

 

「(武力弾圧を)本当にやるかもしれない」と思われているからこそブラフは有効になる。

 

一帯一路のサミットが香港で行われる9月11日。建国記念日の10月1日。

 

現時点では香港には戒厳令もしかれていませんが、これらの日に向けて「何か」が起きてしまわないように願います。

 

 

「観光地」天安門広場

 

広場に入ると、国内から集まっていると思われるツアーの団体客と、観光客目当てに自撮り棒を売ってるおっさんや、撮影を申し出るおっさんが多数。

 

極力歩いてないと絡まれるパターンと認識、とりあえず動く。

 

 

↑人民英雄記念碑

 

「○○の犠牲になった人民の英雄たちは永遠に不滅だ!」的なことが一行ずつ書いてあるらしい。

 

○○には国共内戦に加え、「抗日戦争」や太平天国 義和団事件などの「抵抗」を想起させる文が入る。

 

ちなみに中国問題グローバル研究所所長の遠藤誉氏いわく

天安門事件のきっかけとなった胡耀邦は、1979年2月にスピーチで

 

『もし中国人民がわれわれ中国共産党の歴史の真相を知ったならば、人民は必ず立ち上がりわれわれの政府を転覆させるだろう』

 

と述べたという。

 

外部リンク:韓国を飲み込んだ中国――THAAD追加配備中断

 

ただそれには、天安門事件の例を挙げるまでもなく軍隊を押さえ(無力化か味方につけ)なければなりません。

 

それはあの大陸で何度も起きた王朝交代の歴史をひも解けばわかること。そして血が大量に流れることも必至。

 

日本に政治難民…話長くなりそうなのでここでストップします。

 

 

↑いかにも共産主義らしいモニュメント。

 

 

天安門自体の存在は、小学生の頃プレイしていたストリートファイターで初めて知りました。

 

 

↑よく見たら「○○人民共和国万歳 世界人民大団結万歳」まで再現してる。

 

『肖像のおじさん』が誰なのか当時は知りませんでしたが、まさか人類史上最も多くの民を死に追いやった為政者だとは思いませんでした。

 

 

天安門くぐるも紫禁城には入らず

 

 

天安門をくぐった先。なぜかバスケットボールコート。

 

 

この近くでおばさん同士が怒鳴りながらシバキ合ってた。

 

 

明~清朝にかけての宮殿、紫禁城。でけー。

 

 

でもただでさえ並ぶの大嫌いなのに、寝てない中こんな行列にひとりで並びたくねえ。

 

 

↑これ読んで改めてもう一回来ることに決めた。

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

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今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

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運営者:やまてつ

平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

2019年5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

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現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com