感性を見つめる×ちゃんと考える

感性=縦軸(生物としての特性、歴史、遺伝、経験)×横軸(時代、文化、社会)。感性を大切にしつつそれだけに身をゆだねない。5月からユーラシア大陸放浪

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このブログで伝えたいこと

投稿日:2018年1月15日 更新日:

 

はじめまして、YTといいます。

本名は山田哲人と一字違いです。

 

この記事では、『これは一体何のブログだ?』とお思いの方にニュアンスが伝わるよう努めていく所存であります。

 

感性とは何ぞや

 

感性という言葉ひとつとっても様々な定義がありますが、ここではざっくりいうと「感じ方」「思考回路」といった意味で使っています。

 

この「感性」には(おおむね)人類共通のものとそうでないものがあります。

 

たとえばどんな民族でも音楽(音を楽しむ)感性は持っている。

 

しかしその好みはカルチャーによって千差万別、また同じ民族でも年齢によって感じ方はまったく違います。

 

ボサノヴァ、ジャズ、ロック、レゲエ、ポップ、雅楽、それぞれ好きな人を思い浮かべてみてください。

 

思考回路も一緒です。

 

たとえば一般的に日本人は不満があっても我慢することが多く、たまりにたまって「堪忍袋の緒が切れる」まで相手にぶつけようとしません。

 

他方欧米人はその場でそれを表明する傾向にあるとされています。

 

日本人としては和を乱さないために良かれと思ってやっていることですが、

『微笑でごまかす嘘つき』と評する外国人もいます。

(↑僕が言われた訳ではありませんが直接耳にしました)

 

反対に、そんな彼らの振る舞いや意見を自己中と断ずる日本人もいるでしょう。

 

これは良い悪いではなく感性の違いです。

 

では感性は何によって育まれるのか。最も大きい影響力を持つ要素、歴史から説明します。

 

個人的なストーリーも含みますが、少しお付き合いください。

 

 

歴史は懐古趣味の暗記科目だと思っていませんか?

 

はい、私もそうでした。

歴史の教科書にずらーっと並ぶ名前と出来事の乾いた羅列。

 

こんなもん「覚えて」何になるんだ?

 

面白さ、必要性ともにまったく理解出来ず。一夜漬けで試験に臨み、試験が終われば記憶から消す。

ワンナイトRAMです。

 

典型的な歴史嫌いのまま10代を過ごし。

 

21歳のある日4tトラックに左足を潰され、しばらく動けなくなりました。

 

当時はがっつりジム通いをし、こういう身体↓だったため、自信のより所を失った絶望とともにかつてない退屈が襲ってきました。

 

あまりにもやることがなく、どんどん筋肉がやせ細ることを歯噛みするなか読書という習慣が生活の一部に。

 

はじめは心理学の本を中心に読んでいたのですが、色んな本を読む中でわかったのが、専門分野だけに精通するのではなくあらゆる分野を網羅した生き字引のような人が少なからずいる。

 

どうやら彼らは例外なく歴史に詳しい。学生時代苦手としていた科目ですが、古代世界史からしっかり取り組むことにしました。

 

世界史の流れをつかめるようになり、次は日本史。もちろんこちらも神話含め古代から学びます。

 

それによりわかってきたこと。

 

意識しているかどうかに関わらず、どういった歴史を持った国・文化圏で生まれ育ったかはきわめて重要な要素で、大人も子どもも気付いていないだけで大きな影響を受け・与えています。

 

日本ダメ論で言われる

 

「どうして日本人ってこうなの?」

 

たとえば

 

  • 空気の存在(同調圧力)
  • 出る杭打たれる
  • リーダーシップの欠如、決断の遅さ

 

日本はもともと農村社会。

田植えは川から水を引いて行います。川に近い田んぼから田植えを始めないと、川から遠い田んぼは田植えできません。

 

だから田植えの季節には村中のみんなが一緒になって、川に近い田んぼから作業をしました。

 

協調を美徳とする大もとはおそらくここで、仲間外れを恐れたり「国際的に孤立する」と必要以上に騒ぐのもお国柄のようです。

 

良い面としては、民主主義的感覚は発達しやすく古事記(712年編纂とされる)にある神話からして重要案件は話し合い。

 

聖徳太子の十七条憲法でも「和を以て貴しとなす」「それ事は独り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論(あげつら)うべし」

 

幕府においても評定衆などの合議制機関が置かれましたし、明治天皇が示された五箇条の御誓文でも「万機公論に決すべし」としています。

反面強いリーダーは出にくい。外国人が指摘する無駄な会議・稟議の多さも淵源は同じかもしれません。

 

またもし日本列島ではなく日本半島であったら、間違いなく今の日本人の国民性・文化はありません。

日中韓の国民性と歴史の違いは、それぞれの地理的特徴(島国・大陸・半島)と大きく関係しています。

 

歴史や文化は「終わったこと」や日常から離れたものではありません。

すべて現代の現実につながっています。

 

 

「日本文明」

 

“冷戦後の世界は文明間の衝突(イスラム文明 VS 西欧文明 など)が対立の主軸になる”

 

と予言した「文明の衝突」という本があります。(1996年著)

 

著者である国際政治学者、サミュエル・ハンチントンは日本を、日本一国だけで成立する文明圏「日本文明」としています。

 

つまり良くも悪くも、日本はガラパゴスアイランド。

 

そこで育まれる感性は、強烈な付加価値(観光資源や技術力など)にも致命的な弱点(強すぎる現状維持バイアスなど)にもなり得ます。

 

 

生物的特性

 

私たちは文化的なバックグラウンドを持った知的(とされる)存在であると同時に、動物的性質も持っています。

 

昼になればお腹がすく、夜になれば眠くなる、性的対象を見ればムラムラする。

 

祖先の哺乳類が群れという生存戦略を採用した結果、人間には、程度の差こそあれ、周囲から逸脱しないようにしたり人からの承認を無意識に求める本能が備わっています。

 

進化が遺伝子同士の競争を経ている以上、他人と比較してしまうこともその種の衝動であるのは言うまでもありません(日本人は特にこの傾向が強いとされる)

 

これら生物的特性と両親からもらったもの=遺伝が、生まれた時に持っている「感性の種」です。

 

 

何を経験して何を経験していないのか

 

生まれてから色んなものを見たり聞いたり、喜んだり悲しんだりしながら親からもらった感性の種を育てていきます。

 

経験したこと、経験していないことの両方が感性(感じ方・思考回路)を作り上げる。

 

生まれ・育ち・外見的特徴など初期設定を全く同じとして、女性を知らない20歳と「やりたい放題」の20歳。

 

同じ感性など持ちようがありません。

 

また、生まれる・生きている時代の影響も大きい。

生まれた時からインターネットやYoutuberが存在していた世代とそうでない世代とでは、経験が違うので感性も異なって当然。

 

それに加えて、人は保護や教育を受けることで初めて生きうる存在です。

教育において習得する文化・慣習・考え方のほとんどは、自分が生まれる前に存在した人々が作り、伝達されてきたもの。

 

これらが無意識に入り込んだうえで、人生という経験が重ねられていきます。

 

この意味では人間の生は、本人が生まれる前からすでに始まっている。

そして影響力に個人差はあれど、自分が生きている間の経験が歴史・文化・慣習の一部となり、死んだあとは誰かがその続きを生きていく。

 

 

歴史や文化を学ぶことは、自分や時代を解釈し直すことにもつながります。

 

 

自分の感性(世界)と人の感性(世界)

 

「自分の」は、自分自身だけでなく自国・文化圏・属するコミュニティ・時代などすべて含みます。

「相手の」もしかり。

 

感性とは、頭の中の世界とも言い換えられます。

 

社会科学の専門用語に羅生門効果というものがあります。

 

1950年公開・黒澤明監督の映画『羅生門』に由来するこの言葉は、ひとつの出来事において、人々が異なる体験談や見解を主張する現象を意味します。

 

Twitterで意見の対立する者同士がお互いのことをどう言っているか見ればわかる通り、人は皆自分の(頭の中の)世界で生きています。

 

 

主観のアップデート

 

頭の中の世界=主観ですが、どんなに賢くても人間である以上100%客観的に世界を見ることは出来ません。

 

むしろ賢い人ほど、自分の主観を裏付けるストーリーを構築し、データを正当化して体系化するのが上手く、自分のバイアスに気付きにくいこともある(賢いの定義にもよるでしょうが)

 

主観の形成過程は、基本的に以下のプロセスをたどります。

 

  1. 何かを見聞きする
  2. それを真実だと信じる
  3. その後、時間があったり気が向いたりすればその内容を吟味し嘘かどうか判断する

 

3までいかずに2で止まる頻度のほうが高いので、パーソナライズレコメンド※が当たり前の今日では主観・バイアスは放っておくと一方向に増幅する傾向があります。

 

※行動履歴をもとにおすすめ動画などのコンテンツを表示すること。Amazon、Google、Twitterをはじめ様々なところで見られる

 

時々、自分が普段あまり良く思っていない人たちの意見を

 

『具体的に何か賛同出来るところはないか?』

 

と意識して見たり、逆に自分の意見を

 

『どこをどういう感性に反対されるだろうか?』

 

と顧みることによって、主観をアップデート・洗練させることが出来ます。

 

もちろん私達には感情があるので、上で書いたように何もかもフラットな目で見ることは不可能ですし、すべてを受け容れる聖人君子を目指している訳でもありません。

 

実際ストレスのかかる作業ではあります(だから多くの人はやらない)。

 

それでも関わり合いを避けられない相手(世界)のことは、わかり合う必要はなくともわかっておく必要はあるかと思います。

 

 

頭と体でちゃんと考える

 

日本の学校教育により、予め決まった答えにたどりつくプロセス=考えること

という刷り込みが私達にはガッツリ入っています。

 

センター試験なんかを見ても基本的にDo you remember?な問題ばかりで「考える」ことはほとんどありません。

 

「考える」という行為は、

 

頭の中で自分なりの答え(後述するが、厳密には仮説)を練り上げていくこと。

そしてその過程で必要となる質問を自分自身にぶつけることです。

 

フランスのバカロレア(大学入試統一試験)にて2015年に出題された哲学の問題を一部紹介します。

 

  1. あらゆる生命を尊重することは倫理的な義務か。
  2. 人は自らの過去が形作るものか。
  3. 個人の意識はその属する社会の反映でしかないのか。
  4. 芸術作品は常に意味をもつのか。

 

この中のひとつを選び、4時間かけて論述します。いずれも決まった答えはありません。

 

ちょっとタフな例になりましたが、これが考えるということです。

 

そして練り上げるという言い方をしたのは、

 

  • 思考だけでなく行動もこれに含まれる。
  • 答えといえども固定的なものではない。変化する。

 

ため。だから答えでなく厳密には仮説。

 

同じ人間でも20歳・40歳・還暦を迎えた時・死ぬ間際の答えが同じな訳はありません。

 

「答えがどこかにあるんじゃないか」マインドで本を何冊読んでも、「考える」を経ていないと自分の血肉に出来ない。

 

論語でいうところの『学びて思わざればすなわちくらし』(知識を入れるだけで自分で考えないでは、活きた知恵にならない)です。

 

人間関係・ビジネス・政治・人生etc

試験のように決まった答えが無いことのほうが多い。

 

「ちゃんと考える」から、最初は影すらなかったものが少しずつ形になってくる。

繰り返しますが、この「考える」には行動も含まれます。

 

 

思考力と思考停止力

 

 

人間首から上より首から下のほうが体積が大きいわけで、考えるだけで終始するのは余りにも不健全。

 

考えを洗練するためのフィードバックを得たり、目的を達成するために行動は不可欠です。

行動をする際(特にそれが何らかの心理的コストを伴う時)には、ある程度思考を停止させる必要がある。

 

思考力が高いだけでは、フィードバック不足で思考の質も行動の質も上げられない。

 

仮説を基に「考える(行動含む)」

↓フィードバック

仮説の洗練

仮説を基に「考える(行動含む)」

↓フィードバック

………………………………

 

を繰り返します。

 

 

「考える(行動含む)」ためのツールとして有用と感じたもの(ゲーム理論やプロスペクト理論などの意思決定論や脳科学、国家戦略的考え方の個人への応用)をアウトプットがてら記事にしていきたいと思います。

 

 

最後に

 

彼(敵)を知り己を知れば百戦あやうからず。

 

いわずと知れた孫子の言葉ですが、これには続きがあります。

 

彼を知らずして己を知れば一勝一負す。彼を知らず己を知らば戦うごとに危うし。

 

「知る」対象は兵力や兵站・地形などの戦術的要素だけではなく、社会情勢・世論・文化・慣習などの抽象度の高い要素に比重がおかれています。

 

関連記事:あらゆるジャンルに応用可能な、理解しておきたい戦略と戦術の違い

 

このニュアンスのように個人にせよ集団にせよ、対立するにせよ親睦を深めるにせよ、関係が長期にわたればわたるほど「感性」の相互理解が必要になってきます。

 

人生100年時代といわれる今日、いかに人工知能が台頭してこようとも人間同士の付き合いはなくなりません。

 

共創するにせよ競争するにせよ。

 

異なる文化(同国人でも)を持った人との交流が増え、価値観も多様化し既存の考えや宗教の示す指針に満足出来ない人がどんどん多くなる。

 

そういった時代の中で自分で「考え」られない。自他の世界(価値観)を慮ることが出来ないでは、

情報的には人類史上最も開かれた時代に生まれていながら、精神的には閉じた世界で生きることになってしまうのではないかなと思います。

 

繰り返しますが、わかり合うこととわかっておくこととは違います。

無理にわかり合う必要はまったくありません。

 

しかし「そういう考えがあるのはわかるが賛同しない」と

「嫌いだから一切知ろうとしない」では、主観(OS)のバージョンが現行最新型と博物館の展示品並みに差があります。

 

この「感性」「考える」をコンセプトに、当サイトでは歴史(日本史・世界史)・文化・宗教・神話と、先述した通り折に触れ脳科学や意思決定論等の情報も発信していきます。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

今まで知らなかったことに興味を持ってもらえたのであれば嬉しいです。

 

質問や感想等あればお気軽にご連絡ください!

すべて読んだうえで100%返信しております。

 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

現在はポーカーからゲーム理論に入り、いわゆる理数系ジャンルも少しずつ勉強中。

5月からユーラシア大陸放浪。

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