感性と知性で主観のアップデート

感性=縦軸(生物としての特性、歴史、遺伝、経験)×横軸(時代、文化、社会)。感性を大切にしつつそれだけに身をゆだねない。智仁勇(便宜上こう表現)そろえにいく

中華人民共和国

旅日記:中華人民共和国 ロシアと日本が深く関わった旅順港 大連

投稿日:2019年8月29日 更新日:

この記事↓の続き。

 

参考記事:旅日記:中華人民共和国 デートスポット化した203高地 安重根が処刑された旅順刑務所

 

旅順港とは

 

旅順刑務所を出た後は、旅順港へ向かう。

 

旅順港は軍港として重要な位置にあり、もともとは清朝の北洋艦隊の基地だったが、日清戦争の後行われた三国干渉によりロシア海軍の管理下に。

 

日露戦争後は日本海軍の管理下に移り、1945年にソ連軍のそれを経たのち、1955年中共に譲渡された。

 

日露戦争にて朝鮮半島周辺の制海権をおさえるために、ここを舞台に戦われた激戦が旅順攻囲戦。

 

その停戦条約が結ばれたのが水師営会見所。

 

参考記事:旅日記:中華人民共和国 水師営会見所 in 旅順 武士道と殉死

 

釣り人多し旅順港へ

 

旅順刑務所を出た後、例のタクシーで旅順港へ。

 

立ち入ることが出来ない区域に軍艦らしきものが浮かんでいたが、危険だと思い撮影はしなかった。

 

 

 

 

これは貴重な眺め。見ての通り釣りスポットにもなっている。

そういえばここに写ってるような女性の釣り人ほとんど見た記憶ないけど珍しいのか?

 

ともあれドライバーのおっちゃんは、山頂から港を望める白玉山にも連れて行ってくれた。

 

 

白玉山

 

 

戦場を見下ろす贅沢な眺め。

 

ここ白玉山には、日露戦争後 東郷平八郎と乃木希典の発案で建てられた戦没者追悼の塔があります。

 

日本人は元寇襲来の時も、日本人と元軍の戦没者を分け隔てなく追悼した。

死ねば仏(神)となるのが日本人の死生観。

 

当時は「表忠塔」という名前でしたが、中華人民共和国になってからは「白玉山塔」と呼ばれている。そのまんま。

 

 

名前を間違えている。

トーゴーヒラタローって誰だ。ノギマレノリって誰だ。

 

 

これがその「白玉山塔」

 

伝わりづらいかもしれませんが、かなり大きいです。

 

 

旅順港が初めて軍港として使われたのは、明朝の洪武帝の時だそう。

 

 

歴史に限ったことではないが、背景がわかると今見えてるもの以外のことにも思いを馳せることが出来る。

 

 

一日タクシーを使った感想

 

最初に拾われた旅順駅まで運んでもらう。

 

お礼を言うとともに500元を渡す。旅順刑務所は当初自分の予定に入っていなかったためさらにチップを30元追加。

 

びっくりした様子で、初めて本当に嬉しそうな顔をした。

 

『(日本語で)ありがとう』

 

ほとんど言葉が通じないから残念だったが、長いこと一緒にいたから話出来ればもっと面白かったな。

 

これからも日本人を乗せてたくさん稼いでくれ。

 

今回タクシー(非白タク)を使った感想は、スピードこそかなり出すが乗り心地は悪くない。

 

こちらは北京語話せない、運転手は英語が話せないという状況だったものの、翻訳ソフトを駆使し北京語⇔日本語で上手くやりとり出来た。

 

相手が意思疎通しっかりしようとしてるのはでかい。

日本人を乗せ慣れているというのもあるだろうが。

 

今回は比較的優良なドライバーに当たったと思われる。

次回記事にする山海関で乗ったタクシーのドライバーはまあまあひどかった。

 

中国を訪れる際、タクシーを使わないと決めている場合は大声ではっきり断り続けてください。

1回『NO』と言われただけで引き下がるような、ひ弱なメンタルは彼らは持ち合わせていません。

 

 

ロシア人が造った街 大連

 

旅順駅から大連駅まで地下鉄で向かいます。

 

車内にアナウンスが流れる。その言語は北京語、英語、日本語、ロシア語、韓国語。

ここには色んな所から観光客が訪れるようだ。

 

大連の説明を少し。

 

ロシアは日清戦争後の三国干渉で、旅順大連を含む関東州の租借権を清から獲得。

関東州の関は、万里の長城の東端 「山海関」の関。

 

 

山海関の東だから関東州。

ちなみに日本の関東は「関所の東」という意味です。

 

大連はかつて三山などと呼ばれていたが、租借権を得たロシアはこの地を東清鉄道の終着駅に設定。

ロシア語で「遠い」を意味するダルニーと名付け都市建設を始めた。

 

日露戦争で勝利と租借権を獲得した日本が、ダルニーに漢字をあてたのが「大連」。

 

つまり大連はハルビンと同じくロシア人が造った街。

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパテイストのきらびやかな建築群。

 

なかなかの大都会です。

 

 

いつものごとく宿を探し、安らぎの個室へ。

 

思い入れある場所をまわり、それがタクシーでの移動だったことに加え、行列中必ず割り込まれる高速鉄道の切符購入もなかったため

この時点では精神的充足度が入国以来最高の1日だった。

 

ふとシャワールームの鏡を見て、痩せていることに気付く。

 

1日2食下手すりゃ1食&軽食の時もあったこと+心労が原因か。

 

↓3日前

 

↓当日

 

ゆっくり休んで次の日に備える。

 

 

山海関へ向かう車窓から 見渡す限りの大平原

 

チェックアウト後、いつものように割りこまれながら高速鉄道の切符を購入。

大連駅のターミナルへ。

 

ヨーヨーをしている小さい人影が見えたので、子どもかと思い近付いてみたら、腕にタトゥーの入ったいい大人だった。

 

 

これの青、小学生の頃親に買ってもらったなあ。5000円以上する「高級品」だった記憶。

 

出発時刻となり、山海関に向かう列車に乗る。

 

 

車窓から望む景色。見渡す限りの大平原。山がちの風景に慣れている自分にとっては衝撃だった。

 

 

Chinaの歴史では戦乱が起こった時、日本とはまったく比較にならぬほど桁違いの数の人間が死ぬ。

 

たとえば前漢王朝(前206~後8)末期には5700万人台とされていた人口が、新王朝(9~23)の動乱を経て後漢王朝(24~220)の57年には2100万人にまで減少。

 

そののち再び5000万人台まで回復するものの、三国志時代の終わりを告げる晋の統一時(280年)には1600万人まで減っている。

 

その理由の一つとして、Chinaは平原がとても大きく、戦乱になった時人が逃げ切れず大量死するというものがある。

 

地理決定論ではないが、風土がそこに住む人々に重大な影響を与えていることを念頭に旅をするとより楽しめる。

 

次回は山海関、万里の長城。

 

つづく

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

 このブログで伝えたいこと

 

今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com