感性と知性で主観のアップデート

感性=縦軸(生物としての特性、歴史、遺伝、経験)×横軸(時代、文化、社会)。感性を大切にしつつそれだけに身をゆだねない。智仁勇(便宜上こう表現)そろえにいく

中華人民共和国

旅日記:中華人民共和国 水師営会見所 in 旅順 武士道と殉死

投稿日:

 

 

入店しとけば良かったな。

 

この記事↓の続き。

 

参考記事:旅日記:中華人民共和国 瀋陽故宮 清朝は漢人の国ではない

 

大連北駅で宿探し

 

例のごとく何度も割り込まれながら切符を買う。

 

改札くぐってターミナルへ。

 

 

スタッフのお姉さん。

2店舗とも彼女が対応する。

 

勤務中兼リラックス中。

 

出発時間、列車に乗り込み大連へ向かう。

 

 

切符を買う窓口で「大連」と伝えたが

どういうわけか「大連北」駅行の券を渡されたため

ここで停まる(泊まる)。

 

ダウンロードしたMAPS.MEの地図に掲載されている

宿目指して歩く。

 

時間はもう22時をまわっており

駅裏は人通りもまばら。

 

ナンパと同様ゆっくり歩いていると狙われるので

道に迷っていても速く歩く。

 

そしてホテルIN。

 

 

国内放映でも字幕必須の中国ドラマ

 

起床して朝食バイキングのコーナーに行くと

字幕表示の中国ドラマが放送されていた。

 

その字幕は、英語ではなく漢字。

 

なぜ漢字の字幕が必要かはこちらの記事↓の

「書いて読むコミュニケーションツール・漢字」

をお読みください。

 

参考記事:「中国」および「中国人」とは何か

 

↑の記事の通り、「中国と中国人」の関係を

「日本と日本人」の関係と同じように見ていては

何もわかりません。

 

朝食代金を支払う時、フロントにカードキーを置き忘れ

それに気付かず

 

フロント女性の

『Do you want to check-out today?』

 

に『Yes』と答えてしまい

 

荷物の大部分が部屋に残ったまま

チェックアウトしたことに。

 

焦りながら英語+筆談で荷物をとり戻し

地下鉄でいざ旅順駅へ。

 

 

旅順駅で日本人を捕まえる運ちゃん

 

都市間の移動で高速鉄道に乗る際

必ず荷物をX線検査装置に通すのですが

 

地下鉄でも同様でした。

 

慣れればどうってことないんですが

日本から来て間もないと息苦しさはぬぐえない。

 

旅順駅に着く。

 

駅から降りると

 

『日本人ですか?』

 

とタクシーの運転手に話しかけられる。

 

203高地など日露戦争ゆかりの地を1日かけてまわってくれるという。

そりゃありがたい。

 

が気になるお値段は?

 

『500元』

 

日本円にして約9000円。

1日つきっきりならそんなもんだろうと思い、お願いする。

 

ただ今考えれば一度は値切るべきだった。

定価のない買い物で値切りは必須。

 

持ち合わせが少ないので銀行のATMに寄ってもらう。

 

その銀行の出入口で警備をしていた?公安の兄ちゃんから

日本人ということで興味を持たれる。

 

『コンニチワ』『スミマセン』『アリガトウゴザイマス』

 

笑顔で言うてくる。

 

片言の英語で

『連絡先(WeChatだったか?)交換しよう』

と言ってくるが

さすがに会って間もない公安の人間とそれは出来ない。

 

ちなみに先に言っておくと

自分が日本人であることによる差別

および差別的リアクションは、中華人民共和国で一度も受けていない。

 

 

水師営会見所と武士道

 

来ましたよ!この場所に!

 

 

 

 

復元されたものとはいえ感慨無量。

 

この水師営会見所は、日露戦争中の1905年

旅順軍港攻防戦の停戦条約が結ばれた場所。

 

 

写真中央左が日本代表 第三軍司令官 乃木希典

中央右がロシア代表 旅順要塞司令官 アナトーリイ・ステッセル

 

乃木大将は、沿道に隊列をつくってステッセルを迎えることを禁止し

敗軍の将を見世物にするのを避けた。

 

通常、降伏する際の帯剣は許されないが

ステッセルや副官にそれを許し

彼らの名誉のために会見の報道撮影を拒否。

 

「敵将に失礼ではないか。

後々まで恥を残すような写真を撮らせることは

日本の武士道が許さぬ。」

 

武士道。

 

 

当時も話題になった 乃木大将の殉死

 

乃木大将は、旅順攻囲戦で多くの将兵を死なせてしまったことに

強く責任を感じており、終戦後は自刃するつもりでした。

 

明治天皇は彼に

 

「今は死ぬべき時ではない。どうしても死ぬというのなら

朕がこの世を去ってからにせよ」

 

という趣旨のことを述べたとされ

 

1907年から学習院長をつとめ

裕仁親王(後の昭和天皇)の養育にも深く関わることとなった。

 

昭和天皇は、自身の人格形成に

最も影響のあった人物として彼の名を挙げています。

 

1912年7月30日 明治天皇崩御。

 

同年9月13日 大喪の礼(天皇の葬式。皇室儀礼)

 

同日午後8時頃 乃木希典 妻・静子 自刃により絶命。

 

 

↑自決当日の乃木夫妻 およびその現場。

 

乃木大将は、感じていた責任の大きさからか

十文字に割腹した後、軍刀をノドに当て前に倒れこむという

壮絶な苦痛を伴う方法で自害した。

 

現代同じことが行われれば

間違いなく批判の対象となるでしょう。

(当時も「前時代的」という批判が少なくなかった)

 

それでも直感的に心を動かされる「何か」が

この殉死にはあると思います。

 

 

 

今回は以上です。

 

つづく

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

 このブログで伝えたいこと

 

今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com