感性と知性で主観のアップデート

感性=縦軸(生物としての特性、歴史、遺伝、経験)×横軸(時代、文化、社会)。感性を大切にしつつそれだけに身をゆだねない。智仁勇(便宜上こう表現)そろえにいく

中華人民共和国

旅日記:中華人民共和国 瀋陽故宮 清朝は漢人の国ではない

投稿日:2019年8月26日 更新日:

この記事↓の続き。

 

参考記事:旅日記:中華人民共和国 長春~瀋陽 中国にあって日本にないもの

 

ヌルハチ ホンタイジの皇居 瀋陽故宮

 

回族の羊肉料理を食べた後、瀋陽故宮に向かう。

 

 

フットセラピーだろうか。

 

このお店や、なぜかテレサテンの「時の流れに身をまかせ」↓のメロディが

通りに流れており、ちょっと郷愁の念。

 

 

 

↑故宮へとつづく門。

 

 

↑門をくぐった先の通り

 

 

故宮の近くにある「満族」のお店。

 

満族とは、いわゆる満洲人のことで

中華人民共和国内の少数民族にたたき落された今では

こういう呼称になっている。

 

 

清朝では、満州語 モンゴル語 漢語が公用語だったので

その3つだろうか。

 

漢字以外は識別できないのでわからない。

 

 

入口。

 

瀋陽故宮は、清朝がまだ「(後)金」という名称だった時に建てられたもので

北京に進駐する前の初代皇帝(当時は「皇帝」は名乗っておらずハン)ヌルハチ

第2代ホンタイジの皇居。

 

進駐後も離宮として使用され、当時は盛京皇宮とよばれていた。

 

 

展示文を解釈する時の注意点

 

 

満洲国皇宮と同じく、日本語と英語を併記。

 

参考記事:旅日記:中華人民共和国 いろいろ「見えた」満洲国皇宮博物院 in 長春 その1

 

しかし展示によって日本語の説明文だけないものがある。

 

 

それを踏まえて読む。

 

 

『Manchu ethnic group is ……and inhabited in Northeast China from generation to generation.』

 

↓意訳

 

「満族は……古来よりChina(中国)東北部に住んでいた。」

 

満洲人がethnic group(少数民族ニュアンス)であることや

満洲地方がChina(中国)東北部であること

 

これらはあくまで現代の状況なので

遡ってそれを適用してしまう見方にならないよう注意が必要です。

 

 

満洲八旗とは何か

 

 

満洲八旗。

知らない方のために説明します(知ってる人は読みとばして下さい)。

 

満洲語で「グサ」といわれる

7500人の兵士の集団。

 

これは最初は4つしかなく

旗の色を黄色、白色、紅色、藍色に分けて区別していたが

 

ヌルハチが後金国ハンの位につく時には

併合した部族が8つに増えていたので

 

上の4つの色それぞれに

縁取りをつけた旗を新たに加え「八旗軍」とした。

 

このオリジナルの八旗は、のちに満洲八旗とよばれる。

 

 

 

瀋陽故宮の展示品群

 

↓絵画、陶磁器。

 

 

 

 

 

 

 

↓ホンタイジが着用したものらしいです。

 

 

↓これとはちょっと違うのか。

 

 

↓第6代乾隆帝の有名な肖像。

 

 

その服装?柄がちょっと違うか。

ただ乾隆帝が着ていたものではあるようだ。

 

 

 

↓強そうである。

 

 

 

外観

 

全体像。まわればわかるが、本当にでかい。

 

 

大政殿。

 

初代皇帝(当時はハン)ヌルハチが

瀋陽に遷都するとき創建されたもので

瀋陽故宮の建築群のうち最も早く建てられた。

 

日本の八角堂とはだいぶ趣が違う。

 

 

 

武器と八旗

 

↓清朝の軍隊で使用された武器。

 

 

 

↓八旗甲冑。ダブルノット?

 

 

↓八旗の旗‼

 

 

 

清朝は漢人の国ではない

 

第2代皇帝ホンタイジの側室にして

第3代順治帝の母、孝荘文皇后。

 

彼女はモンゴル・ホルチン部の首領の次女の

モンゴル人。

 

清朝におけるモンゴル人の存在は大きい。

 

ちなみにホルチンは現在の内(南)モンゴルのなかに位置する。

 

 

説明文いわく

「中国の歴史の中で最も傑出した女性のひとり」だそうです。

 

他が誰かが気になる。

 

彼女の姉であり、同じくホンタイジの側室

ハルジョル。

 

ホンタイジの妃は5人いますが

全員モンゴル出身のモンゴル人です。

 

 

神竿なるもの。

満洲人の原始宗教 シャーマニズムの祭祀で用いるそう。

 

使い方の予測がまったくつかない。

 

 

清寧宮。

ホンタイジとその皇后の寝室。

 

説明文「当時、ホンタイジはここで皇族たちと接見し、

満洲人の原始宗教 シャーマニズムの祭祀行事を行った。」

 

 

 

↓中はこんな感じでChinaっぽかったです。

 

 

 

満洲人の食と服飾

 

満洲人の食。

 

近くに満洲料理店あったから

腹いっぱいだったけど食べれば良かったな、

 

清朝の宮廷料理が中華料理に

強い影響を与えていることを考えながら。

 

 

 

 

↓満洲人の服飾

 

 

 

綺麗なお姉さんは好きですか?

私は大好きです。

 

あの色っぽいチャイナドレスは

実は満洲服がもとになっている。

 

現代中国語でチャイナドレスのことを

「旗袍(チーパオ)」といいますが

これは満洲人を「旗人」と呼んだことに由来する。

 

なぜ旗人と呼ぶかは、上述した満洲八旗の説明をご覧ください。

 

1912年に清朝が滅びた後

一般人が支配階級である満洲人の衣服をもとに

デザインしたものが旗袍です。

 

若い人は知らないかも知れませんが

1980年代(私も生まれていない)、キョンシーの映画が流行りました。

 

キョンシー(広東語読み。漢字は殭屍)とはChina版ゾンビのようなもの。

彼ら(?)が着ているのは、満洲服↓

 

 

これは、漢人でも埋葬される時は

支配階級である満洲人の服を着ることが許されたから。

 

日本における江戸時代のように

Chinaにおける清朝時代は、文化的にとても重要な時代です。

 

 

瀋陽故宮でした。

 

つづく

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

 このブログで伝えたいこと

 

今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com