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China

「中国」および「中国人」とは何か

投稿日:2019年8月13日 更新日:

この記事の続きです。

 

参考記事:万里の長城の北が”中国”になるまで

 

満洲地方。英語でいうManchuria。

 

いまの中華人民共和国の東北三省(遼寧・吉林・黒龍江)を指すこの言葉。

 

GW明けから2週間近くこの地域+山海関・北京・南(内)モンゴルの一部をまわっていました。

 

中華人民共和国(以下中共)の公式見解は、これらは古くから「中国」だったとしています。

 

しかしその見方に従ってしまうと、チベットやウイグル同様その地の辿ってきた道を正確に捉えることが出来ません。

 

この記事では北東アジア史の理解に絶対不可欠な、そもそも「中国」とは何かについて掘り下げていきます。

 

洛陽盆地に「中国文明」が発生した理由

 

黄河の中流域に位置する洛陽盆地

 

漢字をコミュニケーションツールとして用いる「中国文明」の生誕地です。

黄河というとどういうイメージでしょう。

ナイル河よろしく恵みの大河でしょうか。

 

じつは黄河は基本的には暴れ河で、ほとんどの流域は交通の障害。

↑黄河下流で定期的に行われているらしい大放水

 

そんな中、洛陽から開封にいたる約200kmだけが水路安定、流れもゆるやかな渡河容易ゾーンとして栄えました。

 

これにより、黄河の北側は陸上交通路、南側は水上交通路が開けていく(南船北馬)。

 

洛陽盆地は、東西南北で生活文化の異なる人々の交わる、ユーラシア大陸の十字路だったのです。

 

そしてこの記事でも述べた通り、もともとは洛陽盆地周辺が中華・中原・「中国」でした。

 

中華と夷狄

 

始皇帝があの地を統一するはるか昔、「中国」(中華)は洛陽盆地周辺だけで、そのまわりは「夷狄(いてき)」もしくは「四夷」とされていました。

 

ニュアンス的には「野蛮人」です。

東夷は農耕漁ろう民、西戎は草原の遊牧民、北狄は森林の狩猟民、南蛮は焼畑農耕民。

 

これらの人々が互いに接触するのが洛陽盆地近辺でした。

 

書いて読むコミュニケーションツール・漢字

 

表意文字である漢字は、異なる言語を話す人々の共通語・マーケットランゲージとして発展しました。

 

発音より見て理解できるかが重要で、漢字を扱えれば交易ネットワークに参加できる。

 

洛陽盆地には漢字を使う集団があちこちに生まれました。

 

集団ごとに違っていた発音は、前221年に大陸を統一した秦の始皇帝が「ひとつの漢字につき読みはひとつ」と定めるものの。

 

出身ごとの発音のクセは残り、もともとの話し言葉は話し言葉として残るので、音だけ聞いても多くの人々にとっては意味がわからない。

 

つまり漢字は書いて読むコミュニケーションツールで、20世紀まで話し言葉としての共通語

(普通話=プートンホワ。中国語圏外の人間が学ぶ『中国語』は一般的にこれ)

がなかったのはこのためです。

 

僕は2週間近く中国にいましたが、相手が何をしゃべっているか全くわからない時でも、

メモ帳に漢字で書いてもらえればある程度コミュニケーションは成立しました(字が汚すぎて読めない時もあったけど)。

 

飲食店でも漢字から内容がわかるため困らない。

 

これが表音文字を用いるモンゴルに来ると、写真がないと初見でのメニュー選びは完全に運ゲーとなります。

ロシア語ちょっとかじってて同じキリル文字なので、一応読めるのですが意味はわからない

 

ただ表音文字なので、音を少しずつ覚えている感はある。

 

一方中国語は、見てそれなりに意味がわかってしまうがゆえに、音としては自分が発した言葉以外まったく記憶にない(そもそも知らない)。

 

ホテルの朝食バイキングでTVドラマが流れていたのですが、中国語(おそらく北京語)での放送にもかかわらず、漢字の字幕がついていました。

 

ニュースや映画も同じだといいます。

 

今でも標準語である北京語を聴いて理解できない層がいるということです。

 

現代ですらそうなので、古代においては何をかいわんや。

 

「中国人」の条件

 

 

漢字を使えること

この記事を読んでいるあなたを含め、現在の日本人や中国人は普通にやっていますが、無数にある漢字を理解し使いこなすにはそれなりの知能指数が必要です。

 

習得にいたるまでの教育コスト(金とヒマ)を考えると、昔は誰にでも出来ることではなく、漢字を使える層は「中華」(天下の中心の文明)とされました。

 

つまり、日常の話し言葉とどんなにかけ離れていても、漢字を学べば「中国人」とみなされた。

 

彼らは人種的には「夷」「戎」「狄」「蛮」の子孫。

 

この「漢字を使えること」が「中国人」としての1つの特徴です。

 

都市の住人

西洋や中国にあって日本にないものの特徴として、都市の城壁があります。

 

日の出とともに開き日没とともに閉じる城壁は、「中国」と「夷狄」を区別する境界。

 

この中に住んで、義務である夫役や兵役に服すれば、コミュニティ(中国人)の一員として迎え入れられました。

 

皇帝を頂点とする商業都市網の一員

前の記事で書いた通り、「県を支社・支店として営利事業を営む社長が皇帝で、その営業範囲が”天下”=”中国”」(故岡田英弘氏談)。

 

古い時代には夷狄の住地だった地方の都市と都市の間は、商業ネットワークが密になるにつれ

かつての夷狄が都市の住人となり「中国人」になっていきます。

 

こうした中華世界の拡大に伴い、夷狄の範囲も広がっていく。

 

拡大する中華と夷狄

 

 

はじめは黄河・淮河の下流域に住む漁ろう民が「東夷」だったのが、遼河の東方や朝鮮半島・日本列島の住民を「東夷」と呼ぶようになります。

 

同じく「北狄」は山西高原の狩猟民→モンゴル高原の遊牧騎馬民を指すよう変化。

 

このように、「中国」は中国人なる人種によって構成される民族国家ではなく

皇帝の支配が及ぶテリトリーであり、それは膨らんだり縮んだりする。

 

朝鮮半島や日本列島にも「中国化」の波が押し寄せた時はありましたが(例:白村江の戦い)最終的に両者は「中国化」しませんでした。

 

現代における「中国化」の波

 

勘の良い方はお気づきかも知れません。

 

先の文の「皇帝の支配」を「共産党の支配」に言い換えると

「中国化の波」は現在新彊ウイグルや香港に押し寄せているといえます。

 

そしてその波は、東方面では香港→台湾→沖縄→日本→太平洋と先を見据えている。

 

東洋経済の参考記事:「逆さ地図」で見る、中国にとって邪魔な日本

 

「中国」も「中国人」もその定義は流動的なもので

多くの日本人がイメージするような固定的なものではない。

 

現代の情勢を考える時も歴史をひも解く時も、この前提の有無で解釈がだいぶ変わってきます。

 

とくに満洲のような複雑な場所においては。

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

ブログの趣旨がよくわからないという方はこちら↓をお読みください。 

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今まで知らなかったことに興味を持って頂けたなら嬉しいです。 

 

それでは! 

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運営者:やまてつ

平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

2019年5月から8月にかけて中華人民共和国→モンゴル→ロシア→ポーランド→チェコ→スロバキア→ハンガリー→オーストリア→イタリア→ギリシャ→トルコをおもに陸づたいで放浪。

旅日記↓

https://note.mu/tyamadasan

現在は名古屋にいます。

連絡先:tyamadasan410@gmail.com