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日本

花見といえばなぜ桜?日本人にとっての「サクラ」

投稿日:2019年3月30日 更新日:

花見シーズン到来。

 

花見開始から1時間もしないうちに雨が降ってきてカラオケでポーカーして来ました。

 

花見をするにせよしないにせよ、満開の桜に目を引かれる人は多いのではないでしょうか。

 

この記事では、日本人が現代に至るまでこの花とどういった関わりを持ってきたか、またなぜ花見=桜なのかについてお話します。

 

『サクラ』の語源

 

まずは語源から。

いくつか説がありますが、ここではひとつだけ簡潔に紹介します。

 

 

  • 『サ』=稲の霊 『クラ』=神座

 

『サ』は稲の霊を示す言葉。

サツキは稲を植える月(五月)、サオトメは植える女性、サナエは植える苗。

『クラ』は神の降りる座(くら)。

 

つまりサクラは穀神の宿る木。

 

 

春を迎え、山のサクラの咲き具合を見て秋の実りを占う。

この花の咲き具合が一大関心事だったため、花見の習俗が伝わっているとしている論者もいます。

 

 

花=?

 

奈良時代、和歌で『花』といえばのことを指していました。

 

この時代はまだ大陸文化の影響が強く、梅も大陸伝来のもの。

 

渡来人であり日本に論語をもたらした王仁(わに。5~6世紀?)の詠んだとされる

 

難波津の 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと咲くやこの花

 

の『花』は梅。

 

唐王朝が、安史の乱(755~763年)以降各地の地方軍閥化に傾きはじめ、情勢悪化などの理由から遣唐使派遣を中断→完全停止したことにより、国風(くにぶり。日本の風土や生活感情)を重視する流れが加速。

 

紀友則(845?~907年)の

 

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく花の散るらむ

 

の『花』は桜です。

 

 

醍醐の花見 秀吉が最後に見た桜

 

世界遺産、京都の醍醐寺。

こちらは桜の名所として有名ですが、創建された平安時代からそうだった訳ではありません。

 

首都の少なからずが灰燼に帰した応仁の乱(1467~1477年)以降、醍醐寺もご多分に漏れず荒廃していました。

 

秀吉が関白就任する直前に関白の座にあった二条昭実。

その父の二条晴良も元関白で、二条家は代々摂政関白を輩出する家柄でした。

 

昭実の弟・義演が醍醐寺の座主を務めていたことが、秀吉とこの寺の関係を深くしたと考えられています。

 

廃れきっていた諸堂の再建、庭園の造営・改修に力を入れた秀吉。

朝鮮出兵も終え、死期の到来を感じていたのか日本各地から700本もの桜をこの醍醐寺に移植。

 

1598年3月、招待客1300人の醍醐の花見を開き、この5か月後に秀吉は息を引き取りました。

 

現在でも醍醐寺では、毎年4月第2日曜日に「豊太閤花見行列」を開催しており、秀吉が最後に見た桜を愛でることが出来ます。

 

露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢

 

彼の辞世を思いながら鑑賞すると非常に感慨深いです。

 

 

ソメイヨシノは意外と若い

 

ニュースで『桜が開花した』などと言う時の桜は、ソメイヨシノを指します。

 

桜の代名詞ともされるソメイヨシノですが、この品種は、交雑を経て幕末に園芸品種として確立されたもので意外とまだ若い。

 

それ以前の和歌に詠まれる桜はヤマザクラです。

 

参考記事:桜の見分け方

 

現代人同士でもよくある、同じ単語でも意味するところが違うケースの好例です。

 

ちなみに先に述べた醍醐寺では、ソメイヨシノからヤマザクラ、シダレザクラ、八重桜などが様々な種類の桜が咲き誇ります。

 

 

「もののあはれ」と桜

 

江戸時代、いつも懐に手まりやおはじきを入れ、子ども達と積極的に遊んだ良寛禅師(1758~1831)の辞世の句

 

散る桜 残る桜も 散る桜

 

 

同じく江戸時代の国学者・本居宣長(1730~1801年)が詠んだ、

 

敷島の やまと心を 人問はば 朝日ににほふ 山桜花

 

宣長は「もののあはれ」を基調とする日本人の精神を具体化する例として桜を挙げました。

 

もののあはれとは、五感を通して触れたものから生じる、しみじみとした情趣および無常観。

 

満開期間が短く儚く散ってしまう桜は、日本人精神の象徴とされています。

意識していなくとも感覚としてなんとなくわかるのではないでしょうか。

 

 

日本のサクラ 米国のハナミズキ

 

1910年代初頭、米国では来日経験のある作家や学者が日本の桜を絶賛していました。

 

日米政府も動き、1912年米タフト大統領夫人の要請で、東京市長尾崎行雄は友好の証に6000本の桜の苗木を米国に寄贈。

 

1915年その返礼として、60本のハナミズキが米国から送られました。

 

第二次大戦のイメージから戦前は日米の関係が悪かったと考える人もいますが、基本的に開国から第一次大戦終結あたりまでは良好な関係です。

 

米国にとってハナミズキは意味深い。

イエスを磔にした十字架がハナミズキとされているからです。

 

実際にはハナミズキは北米原産でイエスのいた地域には自生していません。

 

『ハナミズキが背が高くならないのは、二度と十字架に使われないように』という解釈で、花言葉は「永続性」

 

2000年には、当時オハイオ州知事だったタフト大統領の孫からハナミズキ150本が寄贈されています。

 

ちなみに桜の花言葉は「精神美」

面白い違いです。

 

 

残る桜が散る前に、儚さを感じておこ。

 

今回の記事も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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平成元年生まれ男。

4tトラックに左足を潰されしばらく体を動かせなくなる。

時間が余りまくったため、心理学・脳科学・世界史・日本史・宗教・神話・哲学・国際政治・地政学等を学ぶ。

現在はポーカーからゲーム理論に入り、いわゆる理数系ジャンルも少しずつ勉強中。

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